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岐阜地方裁判所 平成9年(わ)304号 判決

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してある発信器一個(平成九年押第六四号の一)、受信装置付録音機一個(同号の二の1)及びアンテナ一本(同号の三)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、名古屋市内で「甲野総合調査」の名称で興信所を経営している者であるが、AことBから、岐阜県可児郡御嵩町のC町長の女性関係等のスキャンダルを調査することを依頼され、Bと共謀の上、同郡《番地略》所在の乙山マンション四〇六号室のC方に架設されている日本電信電話株式会社の加入電話によるC町長と他人との通話内容を密かに録音して盗聴することを企て、平成八年四月下旬ころ、右マンション四階踊り場北側壁面に設置された同社管理にかかる電話用屋内精端ボックス内の端子盤に発信器(平成九年押第六四号の一)を取り付け、同発信器から発信される電波を同マンション敷地内に駐車させた原動機付自転車内に設置した受信装置付録音機(同号の二の1)で受信して録音することができるようにした上、そのころから同年五月上旬ころまでの間、右C方加入電話を利用した同人と他人との通話内容を右受信装置付録音機により録音し、もって、電気通信事業者が取扱中の通信の秘密を侵したものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六〇条、電気通信事業法一〇四条一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、押収してある発信器一個(平成九年押第六四号の一)、受信装置付録音機一個(同号の二の1)及びアンテナ一本(同号の三)はいずれも判示犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれらを没収する。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、興信所経営者である被告人が、共犯者の依頼を受け、御嵩町長の女性関係等のスキャンダルを調査するため同町長と他人との通話内容を盗聴したという電気通信事業法違反の事案である。

いうまでもなく、電話盗聴は、憲法上保障された通信の秘密や個人のプライバシーという重要な法益を侵害する悪質な犯罪行為であるところ、被告人は、その業務の性質上、法を逸脱しないよう常に自戒することが強く求められており、しかも電話盗聴の違法性を十分に認識していたのに、共犯者から調査依頼を受けた際、経費を少額に抑えることができるという安易な理由から電話盗聴という調査方法を紹介した上、業としてこれに及んでいるのであって、電話での通話内容を盗聴され、それを録音したテープが出回っていることを知って言いようのない恐怖にさいなまれた町長らの厳しい被害感情に照らしても、被告人の刑事責任は軽視することができない。

他方、調査を依頼した共犯者はかかるテープを利用して御嵩町で発生している産業廃棄物処理施設設置の是非をめぐる問題を有利に進展させようとしていたが、被告人は不注意とはいえ、このことまでは知らなかったことが窺われなくはないこと、被告人は、本件による捜索を受けた後、自ら警察署に出頭して本件についてこれを認める詳細な供述をしており、公判廷においても、本件を反省し、今後は違法な調査活動をしない旨述べていること、本件は社会的に大きな関心が向けられた事件であり、これがマスコミ等で大きく報道されたことにより被告人はすでに相当程度の社会的制裁を受けているといえること、被告人には昭和五一年の銃砲刀剣類所持等取締法違反等による執行猶予付き懲役前科及び昭和五六年の傷害による罰金前科があるものの、これ以外に前科がないことなど、被告人に有利な事情も存する。

そこで、以上の諸事情を総合考慮し、主文の刑を量定した上、今回に限りその執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑・懲役一〇月、弁護人・足立 洋)

(裁判長裁判官 沢田経夫 裁判官 中里智美 裁判官 西村欣也)

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